〈望 ~都の空から〉北区の旧岩淵水門 「荒ぶる川」から下町守った

科学 Oct 4, 2026 IDOPRESS

鮮やかな赤の旧岩淵水門(左中央下)とJR赤羽駅東口周辺の市街地=荒川上空で、本社ヘリ「あさづる」から(朝倉豊撮影)

「荒川区には荒川が流れていない」というのはわりとよく知られた話。では、なぜそうなったのか-。答えは、隣接する北区の旧岩淵水門にある。

かつて荒川は現在の隅田川を流れ、荒川区の北側を通って東京湾に注いでいた。荒川はその名の通り「荒ぶる川」で、明治期にはたびたび水害を起こしていた。とりわけ1910(明治43)年の大水害では、27万戸が浸水し、150万人が被災。この大水害をきっかけに、国は水門で荒川への水の流れ込みを抑え、人工河川で放流することにした。24(大正13)年に人工河川の...

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