7日投開票された東京都知事選に初めて挑んだ人工知能(AI)エンジニア安野貴博さん(33)は、AIなどのデジタル技術を生かして公約に支持...
政策に反映した変更提案を説明する安野貴博さん=東京都中央区で
7日投開票された東京都知事選に初めて挑んだ人工知能(AI)エンジニア安野貴博さん(33)は、AIなどのデジタル技術を生かして公約に支持者の声を反映させる姿や「デジタル民主主義」の提唱への共感を呼んだ。
政治経験がなく、知名度が低くても全体で5位となる15万票超を獲得した。今後どのような活動をするのか。4回の単独インタビューで「葛藤」を探った。(松島京太)
「これまでの選挙は候補者の考えを一方的に伝える場になっていたが、テクノロジーを使えばこの構造自体を変えられるのでは」
安野さんは、公約を6月20日の告示当日にインターネットで公表した。選挙戦で試みたのは、公約の更新(アップデート)。選挙戦でソフトウエアの開発プラットフォーム「GitHub(ギットハブ)」を、政策議論に「応用」できないかという実験を試みた。
GitHubには、ソフトウエアを動かすための「コード」を、いつ誰が変更したか履歴が残る仕組みがある。コードを「政策」に置き換えれば、何が議題になり、どのような議論を経てきたかを「見える化」できる。安野さんには確信があった。「政策づくりにも生かせる」
AIアバター(分身)「AIあんの」による質問対応と情報収集にも取り組んだ。選挙期間中、YouTube(ユーチューブ)で24時間、AIあんのが視聴者のコメントに応じ、約7400件の質問に答えた。
「AIあんの」は代役をしただけではない。質問の中から支持者の要望をAIで分析し、その妥当性をGitHubで検証。聞きっぱなしではなく、政策に反映する仕掛けをここにも組み込んでいた。
YouTube上で視聴者の質問に答える「AIあんの」
例えば「子育て支援策の所得制限の撤廃」を求める声がコメントで多かったと分析し、GitHub上の議論を参考にした上で、当初の公約にあった教育支援の「所得制限に応じて」という文言を削除した。
ただ、声の数が多ければいいわけではなく、鋭い提言があればすかさず政策に反映する。公約に加えた「男性のヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン接種への助成」について、安野さんは「実は選挙に出るまで知らなかったが、変更提案を読んでその通りだと思った」と振り返る。最終的に、公約に変更を取り入れた提言は85件に上った。
早稲田大マニフェスト研究所は「公約が都民の声を吸収しながらアップデートされる点が面白い」と評価。都知事選の候補者9人の公約を検証し、安野さんの公約を100点満点で50点と最高得点を付けた。小池百合子知事(71)の公約は34点で2位だった。
Windows98などの開発に携わってきたソフトウエアエンジニアの中島聡さんは「GitHubはネット掲示板やSNSと異なり、『どうすれば仕事の生産性を上げられるか』という視点で進化を遂げてきたサービスで政策議論に使うという発想は斬新だ」と評価する。
「AIによる意見集約も3年前の技術だったら無理だった。GPT-3の登場で可能になったアプローチを使って、政治に幅広い層の声を届ける仕組みをつくろうとしている」と期待を込める。
選挙後、安野さんが目指すのは「党派関係なく、皆さんに今回のシステムを使ってもらうこと」だ。「数億円の開発費がかかってもおかしくない」と見積もるシステムを、誰でも使えるようにソースコードを無料公開するという。
「実際の政治に取り入れてデジタル技術で民意を解像度高く反映させる『デジタル民主主義』を実現させたい」。狙いは明確だ。
個人の政治活動として、政党に所属することに否定的ではない。自民党などからデジタル庁への誘いがあった場合、「今のところそこまで考えていないが、必ずしもゼロではない」と明確な答えは避ける。
3選を果たした小池知事も安野さんに注目しているようだ。当選直後、ネットニュースのインタビューで「(他候補の中には)AIを得意とする方がいるので、この方の実績などをぜひ東京都でも生かしたい」とラブコールを送った。
これに対し、安野さんは「どこまでの権限で何をやらせてもらえるかによる。快く受け入れるわけでもない」と迷いを明かす。最終的な決断は、AIが出すわけではない。「安野貴博」という1人の人間が頭を悩ませている。
民主主義制度を研究する東京大の宇野重規教授(政治学)は「安野さんが目指すAIを活用した民意の反映は政治家という形でなくても達成可能だ」と指摘。「多くの声を集約することに頭を悩ませる各自治体で生かせれば、日常的に市民が行政に関われるチャンネルを増やすことにつながる」と提案する。
街頭演説で聴衆に訴える安野貴博さん=6月30日、東京都千代田区で
安野さんが「候補者の考えを一方的に伝える場になっていた」と従来の選挙を問題視する理由は、「投票のみでは数ビットの情報しかやりとりできていない。しかもそれは4年に1度しか実施されず、有権者は政治不信に陥ってしまう。それを解消したい」と考えるからだ。
宇野教授は「民主主義の基本は『参加する責任』を感じることだ。政治のことを人ごとではなく自分事として捉えてもらうことが重要で、AIを活用することで『みんなでつくる』という意識で政治を変えられるのではないか」と期待した。
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