
イラスト:なかむらるみ

ビル街にひっそりと佇む東神社。緑と湧き水が真夏の練馬オフィス街の中の小さなオアシスのよう。
練馬駅というと、ひと昔前は西武池袋線と決まっていたが、いまや大江戸線や副都心線の方へ入っていく電車もあって、駅の様子も変貌した。地上駅の北口にゆったりとしたバスロータリー、その向こうに公園を設けた練馬文化センターが建っているけれど、僕が豊島園とか狭山湖とかに遊びに行っていた子供時代は鐘紡の工場の前に貨物車が停まっているような、駅裏風情の場所だった。今回訪ねるアジフライの専門店はそんな北口の方にあるのだが、古くからにぎわっていたのは千川通りが走る南口。こちらを歩き回っていくことにしよう。
千川通りの南側は狭い区角にレストランや居酒屋が並ぶ飲食街になっているが、ビルに隠れるように大鳥神社があり、その南側に天明神水という湧水場のある東(とう)神社というのもある。さらに南下すると広々とした目白通りに行きあたるが、練馬警察署南の表示板が出た五差路交差点のカレーのココイチ(壱番屋)の脇から斜めに入っていく筋をちょっと行ったところに、「下新街」というバス停がある。
これ、シモシンガイと読むのだが、音読みにする感じが中国の都市っぽくて、なんとなく昔から気になっていた(現在、下新街のバス停は目白通り側にも存在する)。小学生の頃から“乗りバスマニア”だった僕が、この下新街あたりを通りがかったとき、バス停の前に古びたヨロズ屋のようなのがあった記憶が残っているのだが、手元にある「大東京地典」という昭和6年刊行の交通案内書を眺めると、大正自動車という乗合バスの路線図にすでに下新街の名がある。関東大震災後の昭和初めに目白通りの開通とともに“下に広がってきた新しい街区”を指して言うようになった俗称、といったところではないだろうか。

練馬警察署南の路地を入った場所にある、下新街バス停。文字がかすれて年季が入っている。
まあ、下新街の考察はこのくらいにして駅の方へと北上しよう。北口の東側、弁天通りというのをちょっと歩いて、練馬文化センターの裏手からマロニエ通りというのに入ると、駅近くの横路地に「アジ好きですか?」という看板を出した店がある。両隣りもカントンチキンとラーメンの小店だ。
アジ好きですか?――その直球の店名のごとく、アジフライに的を絞った定食屋なのだ。通常のアジフライ定食、そしてプラチナアジフライ定食、さらに両者を合わせた“食べ比べアジフライ定食”という3パターンが用意されている(夜のメニューとしては、酒のツマミになる小皿がいくつかある)。

港町にある飲食店風の店内。カウンターに座るとアジを揚げる音が聞こえ、料理の期待感が高まる。
ここのオリジナルともいえるプラチナアジフライというのは、ただのアジフライと魚が違うわけではない。揚げ方が異なるのだ。写真やイラストを一見してわかるだろうが、プラチナの方はコロモの色が薄い。ぽん多系のカツレツのように、パン粉をまぶして低温でゆっくりと揚げていくのだ。
食べ方のマニュアルが、1・まずはそのまま、2・塩、3・おろしわさび、4・タルタル、5・ソース、と掲げられているが、どうやって食べても、ともかくアジそのものがおいしい。もちろん、揚げ具合も実によろしい。さらに、ゴハンも仄かな甘味があってウマい。「アジは千葉の富津の港から仕入れているんですよ。ボクは富津の生まれ育ちでして、子どもの頃から食べてるおいしいアジの魅力をもっと広めたい、っていうのがこんな店を始めた理由です」
と、語る店長(代表)の蔦野雄太さんは、なかむら画伯のイラストのとおり、キャラ映えする愛嬌たっぷりの好青年だ。たまたまなのか、いつもなのか、入店したときからずっとBGMで流れている藤井風の楽曲が海岸通りの食堂風の店の雰囲気にもなじんでいる。

名物「プラチナアジフライ定食」(1700円)は商標登録もされている。プラチナ色の衣が特徴的。
アジフライ以外の小皿メニューの1つに、“竹岡式チャーシュー”というのがあったけれど、この竹岡も富津南部の港町で、濃いショウユ味のラーメン、チャーシューで知られる。そう、甘味があってウマいと書いたゴハン(米)も富津産のコシヒカリ、塩も九十九里の海水塩…と、ともかく地元ネタにこだわっている。
開業はコロナ禍の2021年というから、5年目。わざわざ練馬までアジフライを食べにいく価値のある店だ。
◆◆◆

住所東京都練馬区練馬1-15-2 ミラエル練馬西口
電話 03-5912-3900
営業時間11:30~15:00、18:00~23:00
定休日不定休(SNSにて告知)
※掲載したお店や施設の臨時休業および年末年始・ゴールデンウイーク・お盆休みは営業時間などが変更になる場合がございます。事前にご確認ください。
※2026年8月21日時点での情報です。
※料金は原則的に税込み金額表示です。
関連記事
代々木上原【渋谷区】異国情緒漂う住宅街で隠れ家グルメ&贅沢スイーツ探訪
渋谷・井の頭線脇でチキンライス『鳥竹総本店』(渋谷区・道玄坂)
泉麻人コラムニスト

1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『「冗談画報」という楽しい番組があった』(三賢社) 『黄金の1980年代コラム』(三賢社)『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。
なかむらるみイラストレーター

1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に、月刊たくさんのふしぎ『かっこいいピンクをさがしに』(福音館書店)、『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。泉さんの本では『東京ふつうの喫茶店』『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京 のらりくらりバス遊覧』『続・大東京 のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などでイラストを担当している。
https://www.tsumamu.net/
練馬区の情報はこちら
★練馬区のデータを集めた記事とニュースを配信しています。
ぐるり東京 TOPに戻る
